「ガキが大人の心配しなくていーんだよ。バカ」 不可抗力で笑いが漏れる。 「何だよっ!」 開き直った子供と言うのは、どうしてこうも……正直なのか。 自分は、正直な態度を取ろうとする度に、その逆の言葉しか口に出来ないのに。 青い大きな目がまっすぐに自分を見つめている。 その目は、遥か千年の昔に失われた、この星の第一惑星の色に似ていた。自分の中に流し込まれたルツが……デゾリス星に住むエスパーの開祖が守ろうとした恵みの星の色に似ていた。 「スレイ?どうしたの?」 瞬きを一つ。ルディの声で、二千年前から現在に呼び戻され、スレイの目は惑星ではなく少女の瞳を映した。 少女は不思議そうに自分を見上げている。 「どうもしねえよ」 自分でも嘘っぽいな、と思いながら答えると、案の定、相手は納得しなかった。両腕を組んで、責めるように尋ねて来る。 自分と相手の違う部分。正直になれるか、なれないか。それは多分、十年分の時間の重み。 こんなに急がずに生まれて来ていれば、もっと違う出会い方が出来たかもしれない。 いや。 スレイは苦笑した。そんな……考えてもどうにもならないことを考える程、自分は子供ではない。 「何一人で笑ってるんだよー」 蚊帳の外に取り残された子供のように拗ねた口調でルディが言った。 少女の姿に、再び先刻の気持ちが戻って来る。 自分も存外成長していないのかもしれない。自分が思っている程、自分は大人ではないのかもしれない。 体の奥の方から、微熱が駆け上がって来る。スレイは右手で自分の左手首を掴んだ。はやる動悸が少し落ち着くかと思ったが、気休めでしかなかった。 今の自分は、まるで遊園地か動物園にでも連れて来られてはしゃいでいる子供のようだ。 歪んだ口の端から、自嘲気味な溜め息が漏れた。 「子供だなあ」 「え?」 きょとんとした顔でルディがスレイを見る。 空色の大きな瞳。金色の細い髪。特別に飾らなくてもそのままで白い肌。鋼の甲冑を着けているから、普段は隠れている肩のライン。 どれを取っても、じゅうぶん「少女」で通るパーツが揃っている。少なくとも、スレイ自身はそう思う。 「あのな」 呼吸がかすかに乱れているのを隠しながら、口を開く。 「大人の女は、こういう時間に男の部屋に来ねえの。分かる?ガキなの、お前はっ」 精一杯、冷静を装って言う。 ルディは意外そうにスレイを見上げた。そのまましばらく、無言でいたが、言葉の持つ意味を理解したのか、やがて火がついたように耳まで真っ赤になった。 「あ、あのっ、俺そんな……」 元々色の白いルディの顔は、照れたり怒ったり、感情が高まるとすぐに赤く染まる。気持ちが表に出やすいのだ。 分かっている。 相手は純粋に、この星の嵐が去ったことを祝わない自分を心配して、ここに来たのだ。 元々、一つのことを考えた時、それ以外の問題に気を配れるような器用さは、ルディにはない。 それもある意味、羨ましかった。どちらかと言えば、不要なことを考え過ぎる自分にしてみれば。 スレイは腕を伸ばした。 |
「えっ、あのっ……」 ルディがどうしていいか分からずにいるのを良いことに、そのまま自分の腕に収めた。力を込め、肩を抱き締める。 「こういうことされても文句言えないんだぜ。分かる?」 「……っ」 腕の中から、声にならない声がした。ちょうど自分の鎖骨の辺り。 頬に柔らかい金の糸の感触。スレイは目眩に似た感覚を覚えて、自分自身の存在を確認する為に、改めて腕に力を込めた。 その所作に反応してか、腕の中から短い声が漏れた。 「悪い……苦しかったか?」 我に返って、ルディの戒めを緩めた。ルディは答えなかった。スレイの胸に両手を置いたまま、床を見つめている。 一つ、願いを実現させたことで、熱は制御出来る程に収まって来た。スレイはゆっくり腕をほどいた。自分の体をルディから離す。ルディは顔を上げない。 雪には音を吸収する性質があると聞いたことがある。ただでさえ静かなデゾリスの夜に、沈黙が訪れた。 二人の間に距離を作ってから、スレイは話題を元に戻した。 「俺は別に喜ぶなって言ってる訳じゃない……ただ、いつ別の敵がやって来て、事件が起こるか分からないってことを、忘れるな。それだけだ。……さ、分かったら部屋に戻れ」 言い含めるように、黙ったままのルディに伝える。尚もルディはうつむいていたが、やがて顔を上げて、 「あの……あのさ、スレイ」 「ん?」 先刻の自分の行動への罪悪感も手伝って、知らず、口調が柔らかくなった。卑怯だ、と自分でも思いながら、被害者の方を向く。 ルディは落ち着かない様子で、床や手元やらに視線をさ迷わせながら、たどたどしく言葉をつないだ。 「俺……ガルベルクの塔がなくなって平和になったら良いな、って思ってて……デゾリスが元に戻れば良いな、って思ってて……。えーと、だから、それはもちろんデゾリスの人の為でもあったんだけど……」 「……ルディ、言いにくいことなら言わなくても良いぞ、別に」 「もうっ!はぐらかさないで聞けよ!」 言葉の続きは容易に想像出来た。だから、一度遮った。けれど。 「だからね……一番はスレイに喜んで欲しかったの!それだけ!」 投げつけるような、それでいて甘い、愛する人の言葉。 一番欲しくて……一番危惧していた言葉。何かある度に、体の中を過ぎて行った幻想。 少女と自分が向き合っている。そして少女が口にした言葉は……。 今、自分の耳に確かに届いたその言葉。 その場面は、よく夢に見た。眠っている時も、起きている時も。 だが、その続きを考えていなかった。現実にはありえない場面だから、考えても仕方ない。そう思って、舞台の先は想像しないようにしていた。意図的に。 けれど、今、自分は確かに目覚めている。シナリオは、途切れていた最後の場面まで上演されてしまった。 ……どうしたらいい? スレイは二の句が告げず、立ち尽くしていた。 しかし、ルディはスレイの言葉を待ってはいなかった。 「それじゃあ、そういうことで。明日はすぐ出発するよ。早く起きろよな、スレイも。じゃあっ」 逃れるように、扉の隙間へ身を滑らせて、ルディは消えた。 あとに残ったのは、青い髪の男が一人。 知らずに、溜め息がもれた。 胸の辺りに、少女の体の感触がかすかに残っている。 自分が生きている間に忘れた、人間の温もりを宿した、彼女の体。 こんな感覚を、最後に覚えたのはいつだったろうか。 スレイは、軽く頭を振り、窓のほうへ歩いて行った。 窓の外には、夜の闇の中なお、ほの明るく光る雪。 降り積もった雪が、周囲の空気から、体から、熱も、音も、全てを吸い取って行くような気がした。 明日は、晴れるだろう。太陽の光が、いつか優しく凍土を溶かし、短い春を呼ぶだろう。 願わくば、淡い雪のように、明日の太陽が、自分の想いも溶かしてくれるように。 静寂の中、スレイはひとり思った。 |
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