少女は、実に屈託なく笑った。
仲間達に別れのあいさつをするためである。

今生の別れ……と言うものではない。一夜明ければ、また顔を合わせることの出来る短い別れである。
仲間と言うのが、ふたりの青年と、内ひとりが飼っている猫の一種。
旅の空の仮の宿で、三人と少女がそれぞれ部屋を取ったのは、誰が提案したのでもなく、自然ななりゆきでそうなったのだった。

日が暮れてから、しばらくは少女も青年達の部屋にいたのだが、夜もふけ、自室に戻るために、備え付けの長椅子から立ち上がった。

「じゃあ、おやすみなさい、ミャウ、ルツ、タイロン」

そう言って、かの少女は実に鮮烈で、それでいてさりげない笑顔を残して部屋を出た。

中に残されたのは、ふたりの青年と、少し風変わりな一匹の猫。
猫は、先が幾本かに枝分かれした長い尾を立てたまま、少女が消えた扉を見ている。
その猫の尾を、ひとりの青年の目が、ゆっくりと捕らえた。

「ミャウさんの……タイロンさんの飼い猫さんの尻尾は、いつ見てもふわふわですねえ」

青年が言った。猫が振り返った。猫は翡翠の色の丸い目を大きく見開いて、首を傾げた。
青年が微笑んだ。背に届く長い髪がさらさらと揺れた。

長髪に細身の青年は、ふと、隣の寝台に腰を下ろしているもうひとりの青年に目をやった。ふたりが座っている寝台は同じ形のものだが、人間の方は対照的と言っていいほど、共通点に欠けていた。

ひとりが青みがかった長い髪なら、もうひとりは金色の短く刈り込んだ髪。
ひとりがゆったりした布地の長衣を着ているのに対し、もう片方はぴったりした戦闘服。

浅黒く日に焼けた肌の青年は、隣の青年と自分の愛猫が自分を見ていることにも、全く気づかないふうで、顎に手を当てて何やら思案顔である。

長い髪の青年が、まばたきをして、唇を動かしかけた、その時、

「ルツ!」

戦闘服の青年が、突然叫んだ。大声で名を呼ばれ、長衣の青年の口が閉じた。

「いやミャウ!」

もう一度叫んで、青年は飼い猫を振り返った。貴重種の猫は、大きな緑の目をさらに大きく見開いて、飼い主を見上げた。

「お前、やっぱりアリサの部屋へ行ってやれ!」

ミャウは、無言で首を右へ傾けたり、左へ傾けたりしている。どうやら迷っているらしい。
そのようすを眺めていたルツが、長いまっすぐな髪を耳にかけながら、

「私もその方が良いと思います」

優しく微笑んだ。だが、ミャウの不思議そうな表情は変わらない。

「えと、ほらミャウ。ルツの旦那もこう言ってるしよお……」
「とにかく、一度行ってみてあげてください」

自分の思うところを言葉に直しかねている青年に、隣から助け舟が出される。

「もし、アリサがひとりで良いと言ったなら、戻って来てください」

仲間の言葉に、猫は体を翻した。そうして、器用にドアノブに飛びついて扉を開け、宿の廊下へと姿を消した。
部屋に残ったのは、青年がふたり。猫を見送ってから、どちらともなく顔を見合わせる。

「さっすがルツの旦那。俺とは気迫が違うぜ」

大柄な方の青年、名をタイロンと言う青年が嬉しげに笑った。それを受けて、ルツも切れ長の目を細めた。

「私も同じことを言おうとしていたところだったんですよ」

「え、そうなのかあ」

驚きを隠そうともしないタイロンに、ルツは頷いた。

「お話しをうかがっていると、彼女はあまりにも試練を乗り越え過ぎている様子」

今度はタイロンが首を縦に振る番だった。自分の膝を台に、ほお杖をつく。

「全部があまりにも、見事過ぎる。それら全部が」

ふたりの視線が交わる。

「15歳の女の子が、怪物相手に剣を振るってんだもんなあ。今でこそ慣れたが、最初は驚いたぜ」
「ええ。私もまさか、わざわざ危険をおかして修行場に入って来る人がいるなんて……貴方のように屈強な戦士ならともかく……」

ルツは、アリサと初めて会った時のことを頭に思い出していた。彼は、あえて怪物の住む洞窟に身を置き、エスパーとしての修行をしていた。そこへやって来たのが、アリサだった。

「聞いたところによると、兄さんの遺志だって言うじゃないか……殺された兄さんが言い残したのが、俺の名前で……」

タイロンは、出会って最初にアリサが口にした言葉が、ふたたび耳によみがえった気がしていた。

「『タイロンと言う男に会って、ラシークを倒せ』」

ラシーク、と言うのはこの惑星、ひいては太陽系全体を治めている男の名であった。いわば、この世の最高権力者である。

「その男を倒せだなんて、普通言うかな、妹に」

タイロンがため息をついた。

「たとえ、死の間際で、よっぽど切羽詰まってたとしてもさ」

聞いて、ルツはかぶりを振った。

「いかに超能力を磨こうと、故人の気持ちを知ることは不可能です。ただ」
「ただ?」
「今、私達は生きて、彼女のそばにいると言うことですよ」

ルツが微笑んだ。はかないと形容してもさしつかえないような微笑みだった。
つられて、タイロンの彫りの深い顔にも、笑みが浮かんだ。訪れた沈黙のせいか、右手で落ち着かなげに顔をこすっている。

「……俺たちも寝るか」

タイロンが言った。

その晩、彼らの予想の通り、ミャウは少女の部屋から戻っては来なかった。
だが夜が明けて再会してみると、少女の立ち居振るまいから、痛いような、昨日の鮮烈さは消えていた。

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